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遠い、ぬくもり。

今日、13年振りのメッセージがコスタリカの友達の息子から届いた。

2000年から住んだこの国は、とにかく国立公園が多く、自然豊かな場所で知られている。

また、非武装中立を宣言し、銃を捨てた国、軍隊がいない国としても有名。


当時、首都はサンホセで生活をしていたけれど、半年ほど経ったある日、太平洋に面したプエルトカリージョという小さな村を訪れる機会があった。

人気の少ないビーチは美しく、パームツリーが道路脇にずらりと並び、村人の性格は穏やかで照れ屋で少し控えめ。

カリージョ村の風景や、村人から伝わるやさしさに惹かれた僕は、サンホセから移ることを決意した。

ホテルに滞在しながら村の写真を撮り歩いていたある日、家の前のベンチで日向ぼっこしていた漁師と出会った。

二人の名前は、プーロとイスマエル。

地元コスタリカと隣国ニカラグアのコンビは、毎朝漁に出かけては魚を獲り、細々と暮らしていた。


陽気なプーロが自慢の船を見るか?と、僕を案内をしてくれた。

船体はかなり古く、エンジンは日産のトラックに使用されていたディーゼルエンジンが積み込まれていた。

波を受けると右へ左へ大きく傾きバランスが悪く、浮いているのがやっとな感じ。


3人で一緒に漁に出かけたある日、プーロが僕に声をかけてくれた。

「YOSHI、ホテルなんか泊まってないでうちに来たらどうだ?部屋が余ってるから一緒に住めば良いじゃないか」

僕は二つ返事で誘いを喜び、お礼を言った。

左 イスマエル : 右 プーロ


移り住んで間もないある夜、外は無風だったけど大粒の雨が降っていた。

トタンで出来た屋根に雨が激しく落ちると、バラバラバラと大きな音を立てた。

自然が作り出す音楽に耳を傾けながら、眠りに落ちそうになっていたそのとき、突然ドスンという重たい衝撃が顔に走った。

次の瞬間、胸からお腹、そして足へ。

僕は咄嗟に声を上げ、ベッドから飛び起きた。


「イスマエル!!!」


ベニヤ板一枚で隔てた隣の部屋で寝ていた彼は、「どうしたYOSHI?」と、寝ぼけた声で僕に訪ねた。

「イスマエル!顔の上に何かが落ちて来たんだ!」

「あぁ...  ネズミじゃないのか...  もう大丈夫だ...  寝ろよ...」


正体は、ネズミだった。

トウモロコシやお米を求めて、ネズミがうろちょろしているのは知っていた。

それを猫が追いかけ、捕まえては美味しそうに食べるシーンも見たことがあった。


ドジなネズミが天井の柱を踏み外し、運が悪く僕の顔に落ちたんだ。

ネズミが顔に落ちてくるなんて、そう簡単に経験できることではない。

こんな珍しいエピソードが自分に増えたことが、不思議と嬉しくなっていた。


次の日、村ではネズミ落下珍事件が知れ渡っていた。

僕が大声を出したってグーグー寝ていたプーロが、朝イスマエルと漁に出かけた時に話を仕入れ、村のスピーカー役となって笑いを届けていた。


1ヶ月も経つと、村中に友達が増えていった。

プーロとイスマエルの家の隣に住むワルテルは、いつも僕にちょっかいを出しては大笑いする男だった。

妊婦のようにポッコリとした腹を持つ彼を、僕はパンソン(太っちょ)と呼んでいた。


ある日、ワルテルが「うちに住め」と言い出した。

プーロの家では寝泊まりはしていたけど、朝ごはんや昼ごはん、寛ぐ時間もワルテルの家の方が多かったから、ヤドカリが貝殻をササッと交換するようして引っ越した。


引っ越したと言っても隣の家だから5メートルと離れていない。

それにみんな毎日、何度となく人の家に出入りしては、食事をしたり昼寝をしていた。

集落全体が家族のようだった。

ワルテル家の前で


ワルテルの奥さんのヤネットは美しく、それでいて料理も本当に美味しかった。

あまりの美味しさに、僕はワルテル家の住人の誰よりも良く食べた。


ワルテルの一人息子にホスエという当時まだ小学生の男の子がいた。

ホスエは僕に懐き、どこに行くにも何をするにもずっと側にいた記憶がある。


川に出かけては、高い木の上から飛び降りたり、夕方になれば懐中電灯を持ってまた川に行き、今度は潜って川底にいるザリガニを夢中で獲った。

その彼から、十数年振りのメッセージがSNSを通じて送られて来た。


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ホ    YOSHIどうしてる?元気?


僕    ホスエ!!!!!

       元気だよ、最高に!

       お父さんお母さん、みんな元気か?


ホ    みんな元気だよ。

       神に感謝。

       YOSHIも元気そうでよかった。


ホ     見て、僕の娘だよ!

       (娘の写真)


僕    なんて可愛いんだ!!!

       お父さんに似てるのかな...


ホ    なんてこと言うんだ!

       あんな不細工なお父さんに似ているなんて言わないで!(笑)


僕    JAJAJAJAJA

       オルランドおじさんはもう結婚した?


ホ    おじさんはまだ結婚してないよ。

       彼女はいっぱいいるけど相変わらず結婚していない。


僕    なんてこった...

       何ひとつ変わってないな...

       オルランドは一生バイクが奥さんだな(笑)


ホ    ほんと、何ひとつ変わっていないよ。


僕    ココおじさんは相変わらず?


ホ    ココおじさんは離婚してオルランドおじさんと一緒。

       彼女いっぱいいるよ!(笑)


僕   (スラング)!!!

       よろしく伝えて。

       あの二人、大好きなんだ。


ホ    わかったよ。

       お母さんがYOSHIに元気?って言ってるよ。


僕    ヤネット!!!

       わかってるかホスエ、ヤネットが作る料理が世界一だってこと。


ホ    うん、知ってる。

       YOSHIが来たらガジョピント コン ランゴスタ作るって!

       (米と豆がベースのごはんに、獲れたばかりの伊勢海老を焼いて豪快に乗せた料理)


僕    あ〜ヤネットはわかってるな〜、一番好きだった朝飯だよ!!!

       ノルマンはどうしてる?


ホ    元気だよ、ここにいるよ!

       手振ってるよ。


僕    プーロもそこにいる?


ホ    プーロは他の村に行ったよ。

       一緒にいたイスマエルを覚えてる?


僕    当然だろ、覚えてるさ。


ホ     亡くなったよ。


僕     ...


ホ     変わったこともあったね。


僕    そうだな...

       今夜はイスマエルに献杯するよ。


ホ    喜ぶね。

       お父さんが(スラング)って言ってるよ。(笑)


僕    ワルテルのやつ...


ホ    お父さんも何も変わらない。


僕    ああ、想像出来る。


ホ    YOSHI、もう何年コスタリカに来ていない?


僕    何年かって...

       きっと15年は行ってないんじゃないかな...

       あまり他の国も行かずに、ずっと日本で仕事しているよ。


J     また来てよ!


僕    ああ、そうだな。

       みんなと会いたいよ、とってもね。


       ホスエ、そろそろ出かけないと。

       嬉しかったよ、連絡くれて。

       みんなのこと、いつも忘れてない。

       伝えて、みんな大好きだってことを。


J      わかった。

        話せて良かった。

        僕らもみんなYOSHIのことが大好きだから。


僕     ありがとうな、ホスエ。

        またな。


J       またね。


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嬉しかった。

残念な知らせもあったけど、イスマエルにはとにかく大きな拍手を贈ってあげたい。


ニカラグアから出稼ぎにやってきて、お母さんと、ずっと離れ離れで暮らしていた。

イスマエルは、お母さんと会えない悲しさをプーロがいない時に話し始めたことがあった。

遠く一点を見つめて話す彼の目には、間違いなく、母親と故郷が浮かんでいた。

時々我に返ると照れ笑いする彼の顔を、僕は忘れない。


先日、取材先で70代後半の男性を撮影した時、こんな話をした。


人がこの世に存在する時間なんてものは、流れ星が一瞬で消えるくらいなもので、地球や宇宙の存在から比べれば、人の一生は、瞬きにも満たない僅かな時間。

だから思いのままに行動し、自分の感情に逆らわずに何でもやってみることが大事。

そうじゃないと勿体ないよね、一瞬の人生が。

だから好きなことを思い切りやらないと。

そう思わないかい?


僕の命も一瞬。

その一瞬の命をどう生きようかと少し考えたけど、既に思うがままに生きているって思った。

人と喜び、愛し、抱き合い、笑い、泣くことが出来れば、僕はそれで良いって思ってる。


瞬きほどの時間の中で、奇跡的に出会えたあの村人たちにもう一度会いたい。

だから、カリージョ村に行こうと思う。


たくましく育ったホスエ、そして沢山の言葉を交わしてくれたイスマエルに、ありがとうの言葉を贈りたい。


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